大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(ツ)43号 判決

上告人 石立鶴代

被上告人 長田実

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について、

原審に提出された被上告人の訴訟引受の申立書(四四丁)、原審での上告人に対する審尋調書(一七五丁)及び原審の引受決定(九丁)によれば、上告人は控訴人亡山本茂の妻として本件家屋に夫と共に居住していたところ、山本茂が昭和三八年九月三日死亡する直前の同年八月三一日に協議離婚したが、引続き本件家屋に居住していることを認めることができる。このような場合には、上告人は、離婚と同時に、山本茂の被上告人に対する本件家屋の所有権に基く明渡債務を承継したものと解するを相当とするから、原審が上告人に対し山本茂の本件訴訟の引受けを命じたのは適法であるといわなければならず、原審の処置は法令に違背することがなく、上告人の主張は理由がない。

上告理由第二点について、

原判決の挙示する諸証拠によれば、原審の認定しているように、本件売買については、山本茂は地主の承諾が困難であることを承知の上、承諾は同人において得ることを特約して、特に地主の承諾の有無に関係なくなされたことを認めることができ、上告人主張のように、右認定は、社会通念、実験法則に違背し、或は右判示が理由不備というような違法の点はなく、上告人の主張は、原審の適法になした証拠の取捨と事実認定とを独自の見解に基いて非難しているにすぎないから、採用できない。

上告理由第三点について、

原判決は、被上告人には上告人主張のような債務不履行とか瑕疵担保責任を負うべき原因はなにもないと判示しているのであつて、右の点の事実認定が適法であることは上段判示のとおりであり、また原審の判示は、十分なつとくのできるものであるから、被上告人には損害賠償義務はなく、従つて、上告人のなした相殺の意思表示は効力を生ずるに由ないものであるといわざるを得ない。従つて、右相殺の抗弁を排斥した原判決の判示には、上告人主張のような社会通念、実験法則に反する事実認定とか、理由不備の違法はなく、論旨は全く理由がない。

上告理由第四点について、

上告人の主張は、被上告人に借地権の譲渡について地主の承認を得ることに協力する義務のあることを前提としているが、本件の売買契約は、特約によつて被上告人の右義務を免除していることは、上告理由第二点について判示したとおりである。従つて右義務あることを前提としての上告人の権利の濫用の抗弁の理由のないことは当然であつて、これと同趣旨の原審の判示は正当で、上告人の主張は理由がなく、採用できない。

上告理由第五点について、

上告人は、本件家屋の増改築の費用三二万一、三二〇円を上告人自身が支出したと主張しているが、本件記録によれば、原審では、右費用は山本茂が支出したものであると主張しているのであり、右費用償還債権を上告人が譲り受けたことについてはなにも主張していない。そうだとすれば、上告人が右費用償還債権を有することを前提としての上告人の留置権の抗弁は、その余の点についての判断をするまでもなく理由がないといわなければならない。従つて、その余の点についての判断をするまでもなく、これと同趣旨の原審の判断は正当で、上告人主張のように理由不備その他の違法はなく、論旨は理由がない。

本件上告は理由がないから、民事訴訟法第四〇一条によつてこれを棄却し、上告審での訴訟費用の負担について同法第九五条第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 村松俊夫 江尻美雄一 兼築義春)

別紙 上告理由書

第一点

一、原判決は本件原審控訴人山本茂の訴訟を同人の死亡に因り上告人石立鶴代に於て適法に引受けたものとする前提の下に、石立鶴代を引受参加人として本案の判決を下して居るものである然れども、債務承認に基因する訴訟引受けの法案としては、民事訴訟法第七四条に規定するところであつて本案訴訟繋属中に於て第三者がその訴訟の目的たる債務を承継したる場合即ち之である。

然り而して、その債務を承継したる場合とは、債務の一般承継即ち相続を除いた特定承継であり、その特定承継とは債務の引受であり、債務の引受とは第三者が従来の債務者をしてその債務関係より免脱せしめ自ら之に代て債務者となることを約する契約(免責的債務引受)若くは第三者が債務関係に加入して更に債務者となり原債務者と相並びてその債務を負担する行為を指称するものに外ならない。

更に契約の引受即ち契約の当事者たる地位の承継を目的とする契約引受詳言すれば契約から生ずる個々の債権、債務のみならず契約当事者たる地位自体をも含めて包括的に移転させることを目的とする契約引受の場合も特定承継に含まるべきであろう。

然り而して、本件上告人石立鶴代が右特定承継人即ち債務の引受人或は契約の引受人に該当するかどうかを考究するに、上告人は亡山本茂から同人と被上告人との間に於ける本件家屋売買代金の支払義務を免責又は重畳による債務引受契約をしたことなく、又家屋売買契約の引受を為したる者でもないことは本件記録及判決説示を通して明瞭なるところである。即ち上告人は、本件訴訟の提起ありたる以前は控訴人山本茂の妻であつたが山本茂の死亡(昭和三八年九月三日)の以前たる同年八月三一日協議離婚したものである。

従つて上告人は、右控訴人山本茂の死亡後本件家屋に入り来つたものではなくして、その以前は配偶者家族として同居していたものにすぎず、又右山本茂死亡後も単にその儘居住しているだけのものであつて、山本茂の死亡後新しく入居するに至つたものではないから、法条の所謂訴訟繋属中に於て債務を承継したものには当らない。

二、従つて原審が上告人に対し控訴人山本茂の債務承継人として訴訟引受けを命じ上告人を訴訟引受人として山本茂の訴訟手続を承継遂行したるは法律の解釈に誤りがありこの誤りは判決に影響を及ぼすことは明かなる法令の違背あるものなること明瞭である。(参考判例)(昭和三三年(ウ)第七一一号、同三四年一月二二日東京高裁第二民事部決定、却下、下裁民集一〇巻一号九五頁)

第二点原審に於ける控訴人(引受参加人も含む)の抗弁(原判決事実摘示一)の一たる「山本は本件建物に居住する目的でこれを買受けたのであり従つて売買に際し敷地の借地権譲渡の対価をも含め(その価格は、約四〇万円と評価すべきであろう。)て本件建物の代金を定め、且つ被控訴人が借地権譲渡につき貸主である訴外須崎正治の承諾を得る旨の合意がなされた。よつて山本は、被控訴人に於て右借地権譲渡の承諾をとりつける義務の履行を提供するまで自己の代金支払義務の履行を拒むことができ、同人に支払遅滞の責任がない。

一、ところで右須崎は借地権の譲渡を承諾しない。従つて山本は地主に対し借地権の取得を対抗しえず、そのため本件建物の売買はその目的を達することができない。」との抗弁に対し原判決は単に「しかしながら本件建物の売買にあたり、被控訴人が敷地の借地権譲渡について地主の承諾を得る旨の合意をしたとの点は本件の全証拠によつても認められず」として排斥して居る。

然れ共、証拠の有無に不拘社会通念上よりして当然借地権附の建物を売買する場合に在りては賃貸人(土地所有者)の土地賃借権譲渡につきその同意を得るを要することは、云うをまたないところであつて、右賃貸人の承諾のない時は賃借権の譲受人は適法に右土地を占有使用することができず、従つて右の土地上に建物を所有したとしても土地所有者から建物収去、土地明渡を要求されれば之に対抗できず、右建物を完全に使用収益することもできないわけであるから、本件の如く建物を直に占有使用しうることを唯一の目的として之を買受けた様な場合に於て買主は右敷地の賃借権の譲渡に付、賃貸人(土地所有者)の同意のあることを重要視し之を欠くときは該建物を買受けないことは当然のことであるから、本件家屋の売買に於て買主たる山本がその敷地を引続き賃借できるか否かは右売買契約の内容をなす要素であると認めるの外はない。而かも土地所有者よりこの借地権譲渡の承認を受くることについては賃借権譲渡人及その譲受人双方よりして土地所有者たる賃貸人に対し之が承認方を懇請せざるべからざるものであるのみならず、その要請に於ける比重を比較すれば譲渡人の立場の方が最も重くその要請がなくば賃貸人の譲渡承認を受くることの不可能なることは当然の筋合であつて、かの農地法第三条の権利移動については譲渡人と譲受人との当事者より申請することを絶対的要件とし、譲受人一方だけから申請しても到底其許可のあり得ないことと同様、本件借地権譲渡承認手続に在りても譲渡人たる被上告人と譲受人たる山本との当事者双方から土地所有者たる須崎正治に対し賃借権譲渡の承認方を要請せざるべからざるものであること当然の事理であつて、譲受人山本のみからでは到底土地所有者の承認を受くること絶対不可能のことである。然るに被上告人はこの地主に対する承認の要請につき全然協力を為さなかつたものであることは被上告人の主張自体によつて明らかなるところであるから控訴人山本は被控訴人に於て土地賃貸人に対する右借地権譲渡の承諾を受くることにつき協力すべき義務の履行を為す迄自己の代金支払義務の履行を拒むことができることは当然の筋合であるから同人に支払の遅滞の責任がないのに拘わらず、原判決はこの抗弁を排斥したのは、社会通念実験法則に違背した事実の認定であり、若しくは理由不備の違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすべきものであるから到底破毀を免がれない。

第三点仮りに前項同時履行の抗弁についての上告理由が相立たない場合に在りても、原判決事実摘示控訴人(引受参加人を含む)の抗弁第二項に於ける山本の被控訴人に対するその義務不履行に因る損害賠償請求債権の(1) 金五十万円(2) 金三十二万一千三百二十円合計金八十二万一千三百二十円につきその対当額に於いて相殺の意思表示を為した結果、被控訴人の売買代金五五万円の債権は全額消滅し代金支払の遅滞はなく解除の効力は不発生若しくは消滅して居るものであるのに不拘、原判決がたやすく之を排斥したのは前項と同様、社会通念若くは実験法則に違背した事実の認定に基くものであり又は理由不備の違法があり且この違背違法は判決に影響を及ぼすものであつて原判決は到底破毀を免がれない。

第四点原判決は、控訴人(引受参加人を含む)の抗弁(原判決事実摘示第三項に説示)に於ける被控訴人の解除権の行使は権利の濫用である旨の抗弁を排斥して居るが、前記第二点に所論の如く借地権附家屋を売買譲渡した場合に於ける譲渡人たる被控訴人としては当然土地所有者たる賃貸人須崎に対し賃借権譲渡の承認を得くべきことにつき譲受人たる山本に協力すべき義務を有するに不拘之を為さない義務違背あるにも不拘自己の義務違背を棚に上げて控訴人山本に対し解除することは権利の濫用と認むるを相当とすべく従つて被控訴人の解除の効力は認め得ないことは当然明かであるのに不拘原判決が解除の効力を認めたことは違法でありこの違法は判決に影響を及ぼすこと明かなるところであるから到底破毀を免がれない。

第五点原判決は控訴人(引受参加人を含む)の抗弁(原判決事実摘示第四項に説示)に於ける留置権の抗弁を排斥する理由を原判決理由第二項に説示して居るが、抑々本件建物を控訴人山本が買受け入家するに際しては、その前の居住者が家屋の腐朽及び宅地の低いことに基く水害等に愛想をつかし屋内にて縊死自殺して居るため、跡に入居する希望者なく、永らく空家となつて居たもので、全くのバラツク腐朽家屋であつたため、被控訴人としては手を焼いて困惑して居たものであるから、本件家屋の価値は叙上の如く金十万円に過ぎないものであり、而かもかかる腐朽家屋は到底人の棲めるものではなかつた状態であつたこれを控訴人山本が買受けるに至つたので被控訴人としては全く控訴人山本から恩恵を受けたものである。

そして上告人は控訴人山本の当時妻であつたため而かも山本茂は全くの病弱者で無収入者であつたから金策は全て上告人が行いこの金員即ち前示三十二万一千三百二十円を投して増改築を行い一家一族入居したものである。

かくの如く当時被上告人所有家屋の実体価値より三倍に等しい金三十二万余円という多額の金額を投して増改築したものを、どうして無償で被控訴人に帰属するが如き旨の契約を為すべき筈はなく、仮にかかる記載が契約書に為されて居たとするもそれは公序良俗違反の契約であつて無効である。

従つて上告人は其必要費有益費につき被上告人より支払あるまで留置権を有する筋合であるのに不拘原判決がこの抗弁を排斥したのは違法であり、若くは理由不備の違法であり而かもこの違法は判決に影響を及ぼすものであるから到底破毀を免がれない。

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